スピットファイア The First of the Few/Spitfire (1942) 3/5 (26)


■ 作品情報へ ■
スタッフ・キャスト/製作年/製作費/上映時間/興行収入
・アカデミー賞
全ストーリー(結末あり)
解説(簡略ストーリー)
★★★☆☆

イギリス空軍の誇る戦闘機”スピットファイア”の設計者レジナルド・ジョセフ・ミッチェルの苦難の日々を描く、製作、監督、主演レスリー・ハワードデヴィッド・ニーヴンロザムンド・ジョン他共演の実録ドラマ。


ドラマ


スタッフ キャスト ■

監督:レスリー・ハワード
製作
レスリー・ハワード

ジョージ・キング
ジョン・スタッフォード
原案
ヘンリー・C・ジェームズ
ケイ・ストルービー
脚本
マイルズ・メイルソン

アナトール・デ・グランワルド
撮影:ジョルジュ・ペリナール
編集:ダグラス・マイヤーズ
音楽:ウィリアム・ウォルトン

出演
レジナルド・ジョセフ・ミッチェルレスリー・ハワード

ジェフリー・クリスプ:デヴィッド・ニーヴン
ダイアナ・ミッチェル:ロザムンド・ジョン
ブライド:ローランド・カルヴァー
ハーパー:アニー・ファース
ヒギンズ:デヴィッド・ホーン
ロバート・マクリーン卿:J・H・ロバーツ
ルーシー・レディ・ヒューストントニ・エドガー=ブルース

ジェファーソン:デリック・デ・マーニイ
レディ・ヒューストンの使者:バーナード・マイルズ

イギリス 映画
配給
General Film Distributors(イギリス)
RKO(北米)
1942年製作 118分(イギリス)/90分(北米)
公開
イギリス:1942年9月14日
北米:1943年6月12日
日本:未公開


*詳細な内容、結末が記載されています。
ストーリー ■

1940年9月15日。
ナチス・ドイツヨーロッパを侵略し、イギリスの脅威となっていた。

バトル・オブ・ブリテン”の最中、イギリス空軍RAF”の誇る戦闘機”スピットファイア”の設計者レジナルド・ジョセフ・ミッチェルのことについてを部下達から質問されたジェフリー・クリスプ少佐(デヴィッド・ニーヴン)は、全てが始まった1922年のことから話し始める。

1922年。
航空機メーカー”スーパーマリン”の水上機”シーライオンII”が、ナポリで行われたスピードレース”シュナイダー・トロフィー・レース”で優勝する。

エンジニアのレジナルド・ジョセフ・ミッチェルレスリー・ハワード)は、妻ダイアナ(ロザムンド・ジョン)と共に祝賀会に向かう。

新たな航空機のデザイン構想があったミッチェルだったが、快挙に喜ぶ幹部ヒギンズ(デヴィッド・ホーン)らにそれを聞き入れてもらえない。

1923年9月28日、イギリス、カウズ
シュナイダー・トロフィー・レース”でアメリカの”カーチス CR”が優勝し、スーパーマリンの水上機は敗れてしまう。

その後、設計に専念していたミッチェルの元に、旧友である第一次大戦時のパイロット、クリスプが、仕事を求めて訪ねて来る。

戦争後の苦労話をクリスプから聞いたミッチェルは、複葉機でない新たな機体のデザインを話す。

それには未来があると言うミッチェルの話に耳を傾けるクリスプは、設計が採用された際のパイロットは自分が引き受けることを伝える。

しかし、2年間も考え抜いたデザインの設計は会社幹部のヒギンズらに受け入れられず、ミッチェルは辞職することを決意する。

帰宅したミッチェルは、力になると言うクリスプに励まされる。

ダイアナにもその件を話していたミッチェルは、ブライド司令官(ローランド・カルヴァー)からの連絡を受け、設計が許されたことを知らされる。

本格的な設計が始まり、やがて機体は完成してレースに挑む。

1925年10月6日、ボルチモア、”シュナイダー・トロフィー・レース”。
アメリカのジミー・ドーリットルが操縦する”カーチス R3C-2”の飛行に続き、クリスプが操縦するミッチェルの設計した機体が飛び立つ。

しかし、速度計を振り切ったところでクリスプは気を失ってしまい海面に墜落する。

一命を取り留めたクリスプは病院に運ばれ、機体のせいでなかったことをミッチェルに伝え、再び挑戦することを二人は約束し合う。

1927年。
もう一度チャンスを与えられたミッチェルは、イギリス空軍と共に、ベニスで行われる”シュナイダー・トロフィー・レース”に挑む。

9月26日。
スーパーマリン S.5”を操縦するクリスプは飛び立ち、見事に優勝する。

ミッチェルはそれで満足せず、次の記録に向かって挑戦を始めるが、パイロットの死亡を自分の責任と感じる挫折も経験する。

クリスプに励まされたミッチェルは、スーパーマリンの経営に関わることになった”ヴィッカース・アームストロング”のロバート・マクリーン卿(J・H・ロバーツ)に会う。

ミッチェルの未来を見る目を高く評価していたマクリーンは、無制限の資金及び施設提供を約束する。

それを受け入れたミッチェルは、”スーパーマリン S.6”で1929年の”シュナイダー・トロフィー・レース”を制する。

祝賀パーティーでミッチェルは、危険が迫る世界で強力な国家を作る必要があるとルーシー・レディ・ヒューストントニ・エドガー=ブルース)に言われる。

資金難で”シュナイダー・トロフィー・レース”出場が危ぶまれる中、レディ・ヒューストンの使者(バーナード・マイルズ)は、ミッチェルとクリスプと共にレースの件で悩んでいたリーダーのジェファーソン(デリック・デ・マーニイ)に、10万ドルの小切手を渡す。

喜んだミッチェルらは、奮起して1931年のレースにも優勝し、トロフィーは永久にイギリスが所持することになる。

数年が経ち、軍に復帰したクリスプはミッチェルを訪ねる。

クリスプは、ミッチェルとダイアナをドイツに誘い、航空機事情を視察する。

歓迎されたミッチェルは、航空機設計者メッサーシュミットと対面する。

会食で軍幹部と席を共にしたミッチェルは、台頭するナチスの指導者アドルフ・ヒトラーの行動が、他国を脅かすことが確実だと考え警戒する。

帰国したミッチェルは、ナチスの脅威をマクリーンに伝え、戦闘機製造を提案する。

マクリーンはそれに賛成し、ミッチェルは、裏工作を始めて航空省の役人に会い、”ロールス・ロイス”の創業者フレデリック・ヘンリー・ロイスにエンジン開発の協力を求める。

航空省のわずかな資金提供を聞いて答えを渋るロイスだったが、資金を気にせずに設計に専念するようミッチェルに伝える。

ある夜クリスプは、ミッチェルの秘書ハーパー(アニー・ファース)から、仕事に没頭するミッチェルに休むよう説得してほしいと頼まれる。

オフィスに向かったクリスプはミッチェルを家に連れ帰り、彼が想像を絶する飛行能力を持つ戦闘機を開発しようとしていることを知る。

その後、体調不良のため医師の診察を受けたミッチェルは、仕事を中断し1年の休暇をとる必要があると言われる。

それを拒んだ場合は余命1年と言われたミッチェルは、更に短くなる可能性も指摘され、彼はそれを8か月と判断する。

出社したミッチェルは、航空省の役人から軍が話に乗って来たことを知らされ、12か月以内の完成が条件だと言われる。

ミッチェルは、8か月しか残された時間がないことを伝え、再び仕事に没頭する。

心配するダイアナに医師の話を正直に伝えたミッチェルは、休暇を取ることを提案し、その後に仕事を一気に仕上げると伝える。

喜べることでもないダイアナは泣き崩れるが、ミッチェルは、ナチススペインを爆撃した新聞記事を見て、休暇を中止しなければならないことを理解してもらう。

その後、ミッチェルらは総力を結集して戦闘機開発を進める。

1936年3月。
遂に、”スピットファイア”の試作機”K5054”が完成し、クリスプがテスト飛行をする。

静養中のミッチェルは、クリスプが操縦する”スピットファイア”が大空を飛行する様子を見守る。

航空省幹部はクリスプの飛行に満足し、その場にいたダイアナに感謝する。

6月。
ミッチェルを訪ねたクリスプは、政府の許可を得た航空省が310機の”スピットファイア”を発注したことを、連絡を受けたダイアナから知らされる。

喜ぶミッチェルは、忙しくなると言うクリスプに感謝する。

クリスプはその場を去り、ミッチェルは、これでナチス・ドイツに対抗できるとダイアナに語る。
__________

ミッチェルが現在の戦闘を見られたら、幸せな気持ちで死ねただろうとクリスプは部下達に語る。

そこに出撃命令が下り、クリスプも部下達と共に飛び立つ。

敵が約100機だと知らされた編隊は、敵機を迎え撃ち戦果を挙げる。

帰還命令を受けたクリスプは天国のミッチェルに向い、敵が”スピットファイア”に追いつけなかったことを伝える。


解説 評価 感想 ■

*(簡略ストー リー)

1922年、航空機メーカー”スーパーマリン”のエンジニア、レジナルド・ジョセフ・ミッチェルは、スピードレース”シュナイダー・トロフィー・レース”で優勝したことで称えられる。
未来を見るミッチェルは、新たなデザインの機体の設計を会社側に聞き入れられないことで悩んでいた。
ある日、旧友であるパイロットのクリスプがミッチェルを訪ね、考えを受け入れられずに苦悩する彼を励ます。
辞職を考えたミッチェルだったが、会社側が妥協して設計を任され、クリスプの協力を得て新型機を開発して挑戦を続ける。
満足する成果を達成したミッチェルは、クリスプと共にドイツの航空機事情を視察し、ナチスの台頭に脅威を感じる。
帰国したミッチェルは、強力な戦闘能力を持つ戦闘機開発を提案し、仕事に没頭するのだが・・・。
__________

製作、監督、主演を兼ねたレスリー・ハワードの意欲作で、イギリス航空史に偉大な功績を残した、レジナルド・ジョセフ・ミッチェルの半生を描く人間ドラマでもある。

本作が公開されたのが1942年9月で、激戦が続くヨーロッパでは、”スターリングラード攻防戦”の最中だったことなどを考えながら観ると緊迫感も増す。

物語は、”バトル・オブ・ブリテン”で勇敢に戦うイギリス空軍の基地で始まり、約20年前の平和な時代の航空機開発秘話を順序立てて見せる丁寧な仕上がりになっている。

42歳の若さで生涯を閉じた、レジナルド・ジョセフ・ミッチェルのエンジニアとしての執念が、勃発した戦争の脅威からどれだけの人命を救ったかを考えると、彼の人生を含め命の尊さを深く考えさせられる。

主演のレスリー・ハワードは、エンジニアとして悔いなく人生を全うするレジナルド・ジョセフ・ミッチェルを熱演している。
本作公開の翌年の1943年6月、兵士達のために講演活動を続けていたレスリー・ハワードは、搭乗していた機がビスケイ湾の上空でドイツ空軍機に撃墜され死亡した。(享年50歳)

主人公を支える親友のパイロット、デヴィッド・ニーヴン、主人公の妻ロザムンド・ジョン、”スーパーマリン”の幹部ローランド・カルヴァーデヴィッド・ホーン、主人公の秘書アニー・ファース、”スーパーマリン”の経営に関わる”ヴィッカース・アームストロング”のロバート・マクリーン卿のJ・H・ロバーツ、主人公に資金援助をするルーシー・レディ・ヒューストントニ・エドガー=ブルース、レースのリーダー、デリック・デ・マーニイレディ・ヒューストンの使者バーナード・マイルズなどが共演している。


スポンサードリンク
ウェブ・ムービー・シアター

ウェブ・ムービー・シアター