ザッツ・エンタテインメント That’s Entertainment! (1974) 4.5/5 (2)


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スタッフ・キャスト/製作年/製作費/上映時間/興行収入
・アカデミー賞
全ストーリー(結末あり)
解説(簡略ストーリー)
5star

ハリウッド・ミュージカル映画の黄金期を築き上げた、MGMの創立50周年記念作品。
当時の作品を、関係した大スターが紹介する、かつてのハリウッドの最盛期を、西部劇などと共に支えたミュージカル映画が衰退してしまった1970年代に、往年の名作や活躍したスター達を称えて再び脚光を浴びせた、ミュージカル映画の素晴らしさを再認識させた、注目のアンソロジー作品。


ミュージカル


スタッフ キャスト ■

監督:ジャック・ヘイリーJr.
製作総指揮:ダニエル・メルニック
製作:ジャック・ヘイリーJr.
脚本:ジャック・ヘイリーJr.
撮影:ラッセル・メティ
編集
バド・フリーデン
デヴィッド・ブレウィット
音楽:ヘンリー・マンシーニ

出演
フランク・シナトラ
エリザベス・テイラー
ピーター・ローフォード
ジェームス・スチュワート
ミッキー・ルーニー
ジーン・ケリー
ドナルド・オコーナー
デビー・レイノルズ
フレッド・アステア
ライザ・ミネリ
ビング・クロスビー

アメリカ 映画
配給 MGM
1974年製作 134分
公開
北米:1974年6月21日
日本:1975年3月22日
北米興行収入 $26,890,200


*詳細な内容、結末が記載されています。
ストーリー ■

フランク・シナトラが、1929年の「ハリウッド・レヴィユー」で用いられた、 MGMのテーマソングとも言える”雨に唄えば”を映画作品の歴史を追って紹介する。

1930年代の”ジミー・デュランテ”、1940年代の”ジュディ・ガーランド”、そして1950年代のジーン・ケリーによる「雨に唄えば」(1952)に続く。

MGMのスタジオから現れたシナトラは、小ぢんまりと始まったミュージカル映画の製作が、 何百人もの出演者が登場しスペクタクル化されていく様子を語る。

そしてシナトラは、絶妙のコンビとなるフレッド・アステアエレノア・パウエルの、「踊るニューヨーク」(1940)の二人のタップダンス・ シーンを紹介する。

シナトラから進行を受け継いだエリザベス・テイラーは、自分が子役として活躍した懐かしい日々と、ミュージカルの楽しさを語る。

そしてエリザベス・テイラーは、かつて撮影所に現れ夢中になったイギリス人俳優、ピーター・ローフォードを紹介する。

ピーター・ローフォードは、一目でMGM作品だとわかるスタジオ撮影の様子などを語り、 自分が活躍した以前のことを知るために、ジェームス・スチュワートにバトンを渡す。

ジェームス・スチュワートは、1930年前後のサイレントからトーキーに変わった頃の、スタジオの苦労を話し始める。

当時の俳優達は歌や踊りを強いられ、悪戦苦闘の連続で、ジェームス・スチュワート自身も、吹き替えなしで歌を披露したことなどを懐かしく語る。

クラーク・ゲーブルまでもがステップを踏み、そして、作品の中で彼に捧げられる歌を唄い、その後大スターになるジュディ・ガーランドについて触れる。

ジェームス・スチュワートは、ジュディ・ガーランドと多くの作品で共演をした、黄金コンビのミッキー・ルーニーを紹介する。

ミッキー・ルーニーは、自分が10歳からスタジオで育ったため才能を見抜く能力を養い、それをジュディ・ガーランドに感じたことを話し始める。

そして、ジュディ・ガーランドと共演した、数々の共演作をミッキー・ルーニーは思い起こし、ジーン・ケリーに進行を受け渡す。

ジーン・ケリーは、最もよく使われたニューヨークのセットを前に、「ジーグフェルド・フォリーズ」(1946)で一度共演しただけにも拘らず、フレッド・アステアを”ベスト・パートナー”にあげる。

そして、ジーン・ケリーは、エレガントで華麗なステップのフレッド・アステアのパフォーマンスを天才と称し、その後、ドナルド・オコーナーを紹介する。

ドナルド・オコーナーは、エスター・ウィリアムズのためだけに作られたプールを前に、彼女についてを語り始める。

エスター・ウィリアムズの人気と共に、人員やセットも増大していく様子や、見事な水中レビューが映し出される。

その後、ドナルド・オコーナーは、「雨に唄えば」(1952)で共演したデビー・レイノルズを紹介する。

デビー・レイノルズは、デビューの頃に催された、MGMの創立25周年のパーティーを思い起こし、”星の数より多いスター”を抱えると言われた、その豪華な顔ぶれが画面を圧倒する。

数々の名優、名作に続き、傑作とも言える「ショウ・ボート」(1951)が紹介される。

そして、デビー・レイノルズが、共演者の中で最も紳士だったというフレッド・アステアが登場する。

フレッド・アステアは、ジーン・ケリーの類まれな才能の数々と、MGMの1950年代を代表する作品「雨に唄えば」(1952)の有名な雨の中で歌い踊るシーンと、クライマックスの”ブロードウェイ・メロディー”について語る。

その後フレッド・アステアは、ハリウッドの”お姫様”とも言える若手女優、監督ヴィンセント・ミネリジュディ・ガーランドの娘ライザ・ミネリ(当時28歳)を紹介する。

ライザ・ミネリは、母ジュディ・ガーランドMGMと契約した経緯から、「オズの魔法使」(1939)で16歳にしてスターの座を掴み、MGMを背負って立つ存在になり、1950年の「サマーストック」でMGMを去るまでの彼女の活躍を語る。

そして、ライザ・ミネリから進行を受け継いだビング・クロスビーは、1930年代以来20年ぶりに出演したMGM作品、「上流社会」(1956)についての思い出などを話し始める。

再び登場したフランク・シナトラは、最後に、誰もが認めるMGMミュージカルの代表作と言える「巴里のアメリカ人」(1951)を紹介する。


解説 評価 感想 ■

*参考
・「ザッツ・エンタテインメント」(1974)
・「ザッツ・エンタテインメント PARTⅡ」(1975)
・「ザッツ・エンタテインメント Ⅲ」(1994)

原題”That’s Entertainment!”は、作品中でも紹介される1953年の「バンド・ワゴン」のために、アーサー・シュワルツ(作曲)とハワード・ディーツ(作詞)が書き下ろした曲が基になっている。

日本では馴染みのない旧作や未公開作品、当時のハリウッドを代表する超豪華なホスト役の出演も、ファンにはたまらなく嬉しい。
個人的には、その顔ぶれだけでも満点を付けてしまう。

当時、少年だった私を含めて、本作によって、名作ミュージカルの素晴らしさを知り、”とり憑かれる”ほどの感銘を受けた方も多いはずだ。

雑草の生い茂る、朽ち果てた当時のセットなどが、まだ残されていたことにも驚き、絢爛豪華な作品を盛り上げた見事なセットとの対比が非常に興味深く、歴史や時代の流れも感じさせる。

登場するホスト達が、盟友だったスター達を懐かしく語り称える姿、そして、その黄金期を支えた若きスター、母ジュディ・ガーランドの思い出を語るライザ・ミネリの言葉などに、素晴らしい伝統を受け継ごうとする、力強いメッセージも伝わってくる。

監督は、「オズの魔法使」(1939)でブリキ男を演じた、ジャック・ヘイリーの息子ジャック・ヘイリーJr.で、当時の夫人はライザ・ミネリである。

ライザ・ミネリの母ジュディ・ガーランドの作品が「オズの魔法使」であり、義父もそれに出演し、夫の作品だというところも、何かの縁だろうか。

音楽はヘンリー・マンシーニが担当している。

*出演(登場順)
フランク・シナトラ
エリザベス・テイラー
ピーター・ローフォード
ジェームス・スチュワート
ミッキー・ルーニー
ジーン・ケリー
ドナルド・オコーナー
デビー・レイノルズ
フレッド・アステア
ライザ・ミネリ
ビング・クロスビー


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